Solo Hill Garden

2004年か ら現在へ



Solohillの鉄製サイン。鶴田の甥、寺田太郎(アトリ エ・ウォヴォ)制作


昨年末で、家は大方仕上がった。 室内の細かいところはまだ残っているが、少しずつやっている。
ほとんど完全にソローヒルへ引っ越した。荷物はまだ残っている が、植物はすべて。そして昨年から今も、ただ ひたすら、植物を植え続けている。移植したもの、苗木から植え付けたものなど、随分大きく育っている。
粘土を良い土に変える努力は常に必要。

2004年中は、主に家の外回りの工事をし た。
平屋の周囲のコンクリ犬走りに、タイルやレンガを施して、美し く、歩きやすいパティオ風にした。
けれども各所にあるので、名前を付けないとどこか分からない。図 のようにしたが、時々、勝手な
名前で呼んでしまう。



このように工事したのは、
1.草を生えさせないように。草取りはとても大変な作業だ。
2.歩きやすくーーこの上を裸足ヤスリッパのままで歩く。外でも内と同じ感覚で。
3.木造の家屋に水が染み込んで湿気を呼び、腐らせないように。
4.タイルやレンガでエドがデザインして美しく。

2006年前半までにようやく下の図のようにできあがった。
エウディ・パティオ、エントランス・パティオ、ポーチ・パティ オ、
シイカウォーク、ハーブ・レーン、サニースロープなど。


エウディ・パティオと樅の木

秋に薪ストーブが入った ので、薪小屋を 作った。

2005年
植物は、いただいたものも含め、苗を購入して、たくさん増やした。場所を決めかねて、
根付かないうちに、あっへこっちへと移動。大きくなり過ぎたり、隙間を埋めるためにも、
移動を繰り返し、エドに叱られる。
愛犬のサニーも本格的にこちらへ引っ越したので、彼女の世話と失跡事件などで忙しい。
しかもだんだんにからだが弱り、病気になり、介護にも忙しい。
そして彼女は、サニーのためのパティオの完成を待たずに、9月に亡くなってしまった。
17歳だった。『犬がくれた幸福』鶴田 静著 岩波書店 1890円  06/6月刊 に詳しい。
               http//:www.t-shizuka.com
                
サニーの出入り口の裏口に、サニースロープを作る。

駐車場のそばの家の入り口にタイルでパティオを作り、花壇も作っ た。
ここでサニーはゆったりと老後を過ごす予定だったが。
エドの傑作なので「エウディ・パティオ」と名付けた。
この間、あずまや跡に、古い石を集めてエドが石畳を作り、そこに檜の八寸角の柱をベンチにして
置いた。そばに2mを超えたシダレヤナギを植え替えて、木陰にした。が、この木は鉄砲虫にやられて絶滅。その子どもたちを植えている。

そこでここは檜柳亭(ひりゅうてい)という、 建物無しのあずまやに なっている。
ついに「彩苑」の栗田さんがきて、大きなモミノキをダス・ワンネスから移植してくれた。
クリスマス・ツリーなので、ここをクリスマス・コーナーと名付け、キ リスト教に関係のある花々を 植え付けることにした。私は小さい時はクリスチャンだったが、今は無宗教だが。

庭を巡るための小道ができていなかった。2006年にかけて、ついに道作り。その材料を悩んだが、
結局シンプルに、砂利にした。草が生えないように、まず、ビニールシートを張り付け、その上から
砂利を敷き詰めた。これも大変な作業だった。こうして枯山水の「エド(江戸)川」ができた。
草取りの必要がなく、サンダルでも歩ける。蛇が出ても良く目立つ(きゃあ、といつも叫び声が出るが)。
そしてこの道の一角にお休みどころを作った。名付けて「桑珠亭(そうじゅてい)」
いただいた大きな桑の木の下で、擬宝珠(ぎぼうし)が植わっているからだ。切り株を置き、足下に白の玉砂利石を敷いた。          サニースロープの工事

    

2006年に 入る と、やり残した部分を見つけては、直している。
井戸の周辺はポンプなどがあり、見苦しかったが、塀をブロックで作り、隠した。
本当は井戸を大切にするために、〃家〃を作ろうとしたのだが、難しいので、半円形の塀で囲んだ。
そして常緑の木を回りに植えた。井戸塀と呼ぶのではではつまらないので、ウェル・ ウォール

まだまだ、材料置き場など乱れた部分があるので、そこを綺麗にしたいが、なかなか手が付けられない。もうじき着手しよう。

今年は、『二人で建てた家』(文春文庫)を出し、
 http//:www.t-shizuka.com『ビ ズ』、『チルチ ンびと』、『プラチナスタイル』などの雑誌にライフスタイルが取材された。そしてNHKハイビジョンと衛星放送で、庭が紹介された。
家も庭も、 けっして完全なものでなく、進行中だし、終わりのない作業が続いている。そして日々
変化してゆく。家も庭も生き物であり、私たちも同じ生き物とし て日々変化しているのだから。